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(旧標準語)「東京語 」と「旧標準語」の違い

今日は。

 

「他人に何かを説明する」には、「説明する物事を普通より、「三倍」は理解してないと説明は出来ない」と言われてます。

 

今回、京都語は成立等から「大阪語東京語旧標準語」と対比して説明される事が多いです。

その点を踏まえて、今の公共(テレビ等)で使われたり、若い世代の人が話してる一般的に「東京(語、弁、方言)」と呼ばれてる物 (正確には違う) に就いて説明為ます。

 

先ず、「江戸」「東京」と名称を変える頃迄、昔は「京都語」が日本での「実質の標準語「其で書く事が正しいと為れてたらしい」正式に国が法律等で定めちゃ無い状態)」でした。

 

併し、時が経つに連れて、「大阪ノ経済」京都に変わって活発に為ってくると「大阪語」が影響力を持ち始め広く知られる様に為りました。(未(マ)だ「江戸」)

 

是時点じゃ、未(ま)京都語「実質的標準語の地位」に在ったらしいです。

 

其して時代は進み、日本が軍隊を造ろうと為た際に「戦場で、「言葉の違い」から伝達が遅れるのは困る」って事で、「標準語」って物を正式に法律で定めました。

其時には、「「京都語」か「東京語(山の手語)(以下、山の手語)」かの何方を「標準」に為るか(悩)」で、激しい議論が在った様です。

 

結局、経済の発達面からか「「山の手語」を標準に為よう」って事に為ったそうです。

 

是時定められた「山の手語」とは、「東京の「山の手」に住む教養有る人達(上流階級)が喋ってる詞の事」です。

 

現代でも一般に知られてる(残ってる)詞で謂ったら、「何々ざます(俗に婦人語)、御機嫌麗しゅう、何々で御座在いますわ(其々、俗に「御嬢様語」)」として、テレビ等で使われてる詞が「山の手言葉の一部」です。

 

未(マ)だ、京都語が日本の「実質標準語」で在った時は、「江戸の上流階級」は京都語を真似てたと言われてます。

 

なので、現在でも「有難う御座在います」等、京都の活用形を残した物が名残で残ってます。

詰まり本来なら、「サムい ↬ サム、アリガタい ↬ アリガタ」ですが、名残で挨拶丈は「アリガトう」と京都語活用形(例、シたい ↬ シとう、アツい ↬ アツ等)に為ってます。

 

又、山の手語は上流階級が話す詞で、逆に庶民が其迄話してた詞は「下町語(山の手語と比較為て「江戸語」とも)」と呼ばれてます。

 

是江戸語は例えば、「シたい(母音あい) ↬ シてえ(母音ええ)」等と変化を起こす事が代表的です。

現在では、主に旧標準語話者の男性が「同目(タメ)口」として「男っぽさ(同時に「荒っぽさ」)」を演出為る為に使われてますが、元々は男女問わず下町の住人なら話す物でした。

 

余談だが、為て(ぬ→ん)」等は「為て」自体を否定活用為せた物で、「為無い」「為は為無い」の略で在り、前者を関東語で使っても可笑しくは無い。

(時々、前者を「関西語、古語」だと思ってる人が居る。唯し、為て為(ヘ)ん」等は観察語

(京都、大阪じゃあ言い難さから、「何々ぬ ↬ ん、何々せん→へん」に変わる)

 

其から、日本は徹底的な「標準語矯正」なら無い「標準語強制」を創めてきます。

 

先ず、各地方の学校(京都で在ったかは謎)其処の詞を話した生徒には「「方言札(侮蔑的な意)」を首等に提げ爲せて、廊下に立たせる」等のが始まりました。

 

併し、是強制も長くは続か無かった様です。

上京為て来た他県の人達が「詞を笑われた」と云う理由での「自殺」が迚増えたからです。

 

其事も在って、各県(特に近畿)じゃ、「山の手語(江戸語でも共通)の、何々よ何々だ何々ね」等の語尾を使わ無く為る「反対運動」が起こり始めました。

 

其から、日本が米国に敗戦為て「軍隊」を解体為「自衛隊」と変更為た辺り(「非核三原則」を掲げた辺り)に日本は、「標準語」と云う物が法律上から無く為りました。

 

ですので、現在の日本に「標準語」と云う物は、正式に存在為ません。

 

併し、若し貴方が東京の詞を「標準語」だと思ってるなら、其は既(モウ)間違いです

例え、「親や他の大人」に其教えられたとしても、逆に教えて挙げる可(ベ)きです。

「既、日本に「標準語」は無いよ」って。

 

で、標準語が無く為った後に、「認知的(何位知られてるか)」で優勢に立ってった詞は当然「テレビ、新聞等の公共機関で聞かれる詞」に為ってきました。

 

其して、「大阪語」が漫才、落語等でテレビで聞かれる機会が増え、山の手語に大阪語が頻繁に加わる様に為りました。

又、標準語が無く為り、上京為る者も各地から増えた事で、「詞を馬鹿に為れる」様な事も徐々に減り、各地の事が少しずつ山の手語雑ざってく様に為りました。

 

 

其で、雑ざりに雑ざった結果、今の東京やテレビ等で話されてる詞が

元の山の手語から大分変わった「新東京語」と学者の間では呼ばれてる物です。

 

其他に「共通語」と云う呼び方も聞きますが、之呼び方は「曽てての「共通 = 標準」と云う語を連想為せる」と云う事から反対為る者と、飽迄「各県でも共通で意味が通じる語を含めた総称だ」と言う学者も居て、現在の処大きく分けて上記二の考えが在ります。

 

因みに、私は前者の考えを推してるので、「共通語」と云う呼び名は使いま爲ん。

 

唯、依然として「新東京語」の定義は「先話した雑ざった結果の産物」って云う一しか無く、意見が分れる事も無いので、其方の方が呼び名として現実的だと思いま為。

 

詰まり、江戸語も又、京都語と同じ様に、若しか知たら其以上存在が危うく為って為舞ってる詞の一です。

 

私の予想ですが、「是先日本で残ってく詞」は優位順に行くと、

「大阪語 = 新東京語 > 京都語」、又は雜ざる現象が進みに進んで、

雜じり気の多い大阪語が何時しか半数を超えて「大阪語 > 新東京語 > 京都語」

に為るかも知れま為ん。(「単語や言い回し」丈なのか、「發音」も雑じるのかは謎)

 

私には悲しい現実ですが、京都語「美しさに惹かれ、私の様に学ぶ者」

「京都語母語者が同じく京都語を残そうと為る」かの何方かです。

 

京都は元々、「保守的」とされ、反対に大阪は「開放的」と歴史的に言われてきた様です。

 

是儘、何方にせよ京都語を残そうと為る者が増え無い、又は、テレビ等で大阪語の様に使われる機会が増え無い限り、優位性は変わりま為ん。

 

其して、私の様な人の死後に後継者が減れば、他県の粗忘れ去られた詞と同じ様な道を辿る事に為るで為う...。

 

将来は、「曽て話者が存在為た」って「ウィキベディア」等に書かれる日が来るのかも知れま為ん(泣)。

 

又、京都は歴史的に続く保守的な態度が、「外国人の訪問」が多分

東京と同じ位、若しくは其因りも多いので、其が幸い為て、「海外の開放的な価値観」が浸透為て外国人が京都語を使い始める、又はテレビ等でも話者が増えた成ら、「京都語 > 大阪語 = 新東京語」の様に原点回帰為て他因りも優位に為る可能性も在りま為。

後、「京都語 = 大阪語 > 新東京語」って昔と同じ様に関西語が優位に為った成ら、其は其で面白い事です。(歴史は繰り返す)

 

私は「京都語が好きだが、他の詞も同等に残してく可きだ」と思ってるので、

「京都語が優位に為り、曽ての様に他の詞が京都語話者から差別為れる様な状況」は望みま為ん。

 

保守的だと、優位に立った時に「斯う云う事 ☝」を世界の歴史等から見ても為がちです。

 

然し、此じゃあ唯争いの歴史を繰り返す事に為り、何も学べてま為ん。

 

私は自分でもすっかり海外の開放的な価値観に自分自身で矯正出来たって思ってま為。

正直言って、日本の「何か一が正しい」じゃ相対的に他が粗末に為り、其に当然反対為る人が居ま為から永遠に平和は訪れま為ん。

「皆違って、皆良い」ので為。

例えば、「テレビ等で聞く大阪語(旧河内の國語)は少々、響きがきつい」と批判為る人が居たと為ま為う。

正直、私も然う感じる事は有りま為。

 

然し、私の口癖で為が「物事には、硬貨と同じ様に表(良い面)と裏(悪い面)が必ず存在為ま為」。

其々の大きさに差が在ったと為ても、片方が存在為無い物事は絶対に存在為ま為ん。

是例を先の事で例えれば、私は斯う言うで為う。

「確かに然う感じる事も在る。唯、大阪語は開放的で喋ってる人を自由に為て呉れる様な感じが為る」って言うで為う。

 

此は、他の詞で在ったと為ても同様で為。

 

「物事 ↬ 人の性格」等とも置き替える事が出来、万物に共通為てる事で為す。

 

皆違い、皆良いので為。

 

世界が是考えを表面丈で無く、心から持てた成ら、本当の意味で世界は平和に為る事と思いま為。

 

じゃあ、( ´Д`)ノ ~バイバイ

 

 

御負け☆

 

- 山の手語に雑ざってる身近な単語集(一部)

「漢字、読み、説明」

例 : 

 

超何々、チョウ、神奈川語から静岡語に依り入ったと言われてる)

例 - 凄い。

 

滅茶何々、メッチャ、千九百八十年代に、テレビの大阪語漫才等の影響で「滅茶苦茶」の略と為て広まった)

例 - 滅茶大きい。

 

何々じゃん(か)、神奈川語から入った

例 - 然うじゃん(か)。

 

何々し(「ので、(だ)から」に置き替えれる用方)、京都語から入った

例 - 然うだねえ。

 

有難う、アリガトう、江戸時代に京都語から入った名残。

例 : 何々為て呉れて、有難う。(本来の活用為ら「アリガタく」)

 

御何々、オ、ゴ (前と同じ)

例 - 酒、


何々さん(名詞に付く)、京都語から入り、違う意味で使用為れてる

例 - 御稲荷さん(食べ物)(元の京都語だと、「さん、はん」は常に「様」の意味に為り、漢字も「様」で新東京語とは意味が違う)

 

何々ちゃん(代名詞に付く)、大阪語から入り、☝〃)(別説も在り、再検討中)

例 - 愛称で付ける(男性も可)、元の大阪語だと「ちゃん」は常に「様」〃☝)

 

私(一人称)、あたし(関西語から入った)

例 - は何々と言います。(京都語で使っても間違いじゃ無いが、現京都語だと更に変化為た「私(ワタシ→アタシ→アタヒ→アタイ→(アタ、アテエ)→アテ)」の方が使われる)

 

 

補足 - 「アタイ」は主にテレビの時代劇等で「男勝りな女性」が使うが、(元々、関西語)じゃ私(ワタシ)と全く同じ意味。

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